つれづれなるままに

長月のころ、沼ノ端といふ所を過ぎて
ある山里へたづね入ることはべりしに
はるかなる鹿の細道を踏み分けて
木の葉に埋もる特火点ありにけり

第29回大会の厚平内林道では出禁にしているはずの奴らに当日参加されてしまい、大会キャンセルとなってすっかり悄げていました。でもワタクシ、不治の病であるオリエン病に冒されているので翌年大会どうしようかと思い悩んでしまうんですね。

ウチのクラブが真夏の2日間大会を開催するようになったのは23回大会の平成28年(2016年)からなので、ここ10年間ほど常に次回大会の企画、地図調査のことが頭から離れない日々を過ごしてきました。思わず遠くへきたもんだ・・。「ほとんどビョーキ」とはかの有名な山本カントクのお言葉ですが不治の病を押して苫東地区の某所に向かうことにしました。

月日は百代の過客にして
行かふ年も又旅人也
予もいづれの年よりか
えぞしかの嘶きにさそはれて
調査の 思ひやまず
野山にさすらへ
盆も過ぎ牛車のトランクに
蜘の古巣をはらひて
や ゝ夏も暮、秋立る霞の空に
千歳の関こえんと
そヾろ神の物につきて心をくるはせ
ヤマカワ神のまねきにあひて取もの手につかず
GPSの充電をし、OCADの情報入れかえて
三里にバンテリン塗るより
苫東の森先心にかゝりて
 
くその戸も済み替る水ぞひなの家

紙巻きを庵の壁に 懸置

用をたしながら思わず一句詠み、調査に向かうことにしました。今回の調査日記はいつにも増して教養あふれる予感。う~ん、あはれなり。

当地特有のこの植生。いやが上にも期待が高まります。

で、いつものごとくお土産が落ちておりました。贅沢なことにこの植生を見慣れてしまったため、さほど感動を覚えないんですね。調査の基本はまずはライン取り。左右キョロキョロしながらGPSアンテナを背負って潰れかけた小径を詰めることにします。そしたら・・・、

ん、なんだこりゃ・・・

トーチカじゃん。一昨年のニナルカにもあったけど、こんなに立派な筐体ではなかったよね。穴の中が気になりますが恐ろしくて覗き込めません。中にヒグマいたら引きずり込まれて今日が命日。もしかしたら遺体や遺骨があるかもしれないしね。中は永遠の秘密にしておきましょう。太平洋沿岸の苫小牧は戦時中の遺跡未だに残ってるんですね。このテレインや槲ヶ原にも多い「乾いたみぞ」、ニナルカのみぞは日本軍が米軍上陸に備えて掘った塹壕らしいです。

9月初旬でこのキレイさ。全速力で走れますね。

これも離農した酪農家のサイロ跡ですが、これをISOM2017-2、523「廃墟(Ruin)」で取得するか、531「人工特徴物(Man-made feature)」で書くかは悩ましいです。試行錯誤の結果、本大会では高さ1.5mを超えれば 523 で取得し、それ以外は 531 で取得することにしました。523 で書いてしまうと最小寸法でも巨大になってしまうのです。たいていサイロの近辺には住宅の土台部分だけが残っており、523で書くと重なり合ってしまうため 531で書くことにしました。この情報は Bulletin 3での競技情報にも記載します。

実は過去大会の調査日記、wordpress のインストールにヘマこいてしまい、上書き消去してしまいました。ほんのちょっとのいい話と他ほとんどのくだらない話、まぁワタクシにも人権あるので恥はきれいに消えてしまってよかったのかもしれません。しばらくリメイクが続いていたのでネタバレ防止のために調査日記はお休みしておりましたが今回はニューマップなので吉田兼好翁じゃないけど○田健○翁、つれづれなるままに日記をしたためることにします。

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