7年のブランク
4月13日(日)
道庁への入林交渉もひとまず済んで第25回大会(平成30年)以来禁断の地と化していた「槲ヶ原」エリアの修正調査にやって来ました。

そうそう、この光景。半世紀前に離農した酪農家の息吹が偲ばれます。サイロも廃墟として残っていることから昔はこの辺で牛が草を食んでいたんでしょうね。

8年前の調査では調査画板を作成して、帽子のてっぺんにハンディGPSを仕込んでOCADを入れたWindowsタブレットに表示される現在位置を見比べながらユニパー(フィルム)上にスケッチしていました。(当時の記事)今はスマホのOCAD Sketch上にスタイラスペンで書き込んだのを自宅に戻ってOCADに反映させて作図をしています。高性能のGNSS(GPS)アンテナで精度も良くなったこともあって、当時の地図のボロさ(作図の拙さ)が目立ってしまってなかなかにツラい。それと昨年の千歳でもそうでしたが、エゾシカの爆増に伴って餌のない冬場にクマザサを食べてしまい葉のない穂先だけ地帯がやたら多いのです。この写真の場所、7年前はベタ緑だったのに走行度が上がって我々的には良くなったのですが修正が追いつきません。ここ2ヶ月後にどの程度まで走行度が変化するのだろう? Aのままなのか、それともB程度に落ちるのか見当がつきません。
今日は表番組では富士山麓で楽しい大会が開かれています。当地は強風でファイターズのボロ負け試合をラジオで聞きながらの調査、全然楽しくありません。おまけに来る前からちょっと頭痛を感じながらだったので、山の中でも吐き気がひどくて薬を飲んで車で少し眠ることにしました。この結末は語るまでもなく、30分後に目を覚ましても再び入林する気力なんか沸くわけありません。「は~あ、帰るか」一人調査なんてこんなもんですよ。

